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大阪地方裁判所 平成8年(ワ)822号 判決 1998年9月10日

主文

一  原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  請求の趣旨

一  被告らは、別紙目録記載の各装置(以下「本件各装置」という)を製造、販売してはならない。

二  被告らは、原告に対し、各自金二〇〇〇万円及びこれに対する被告エヌ・テック株式会社(以下「被告会社」という)、被告小西則幸(以下「被告小西」という)及び被告居村隆夫(以下「被告居村」という)については平成八年二月三日から、被告山下和人(以下「被告山下」という)については平成八年二月五日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  第二項について仮執行の宣言

第二  事案の概要

一  事実関係(いずれも争いがない)

1 原告は、昭和五五年七月、個人企業の「フジワラ産業」を法人化して設立された株式会社であり、水処理設備装置の設計・製作、販売等を業とするものである。

2 被告会社は、平成七年八月、被告小西が代表取締役、被告山下及び被告居村が取締役となって、水処理設備装置の設計・製作、販売等の営業を目的として設立された株式会社であり、原告会社と競業関係にある。

被告小西、被告山下及び被告居村(以下、合わせて「被告小西ら」という)は、いずれも原告の元従業員で、被告小西が営業を、被告山下及び被告居村が技術を担当していたものであり、平成七年七月頃に原告を退職した。

3 被告会社は、本件各装置を製造、販売しようとして営業活動をしている(原告は、更に被告会社は現実に本件各装置を製造、販売したと主張し、被告らはこれを否認するところ、本件全証拠によるも被告会社が現実に本件各装置を製造、販売したとの事実は認められない)。

二  原告の請求

原告は、

本件各装置に関する設計・製作の技術的ノウハウ、顧客リスト等の営業上の情報(以下、単に「本件技術・営業情報」という)は不正競争防止法二条四項にいう「営業秘密」に該当するところ、被告小西らは原告を退職する際に本件技術・営業情報を持ち出して不正に取得し、使用し、被告会社に開示し、被告会社は本件技術・営業情報を使用して本件各装置を製造、販売しており、かかる被告らの行為は不正競争防止法二条一項四号所定の不正競争に当たるし、また、被告らは、その営業活動に際して、あたかも被告会社は原告の技術部門が別会社として分社独立したものであるかのような印象を与える経歴書(甲五)等を配布するなど虚偽の事実を告知・流布しており、かかる被告らの行為は同法二条一項一一号所定の不正競争に当たると主張して、主位的に同法三条、四条、五条一項に基づき、

予備的に、被告小西らの本件各装置に関する営業活動は、被告小西らと原告との間の秘密保持及び競業避止の契約上の義務に違反するとともに、原告の重要な財産価値のある本件技術・営業情報を開示、漏洩、使用により故意に侵害するもので不法行為を構成し、被告小西らによりなされている被告会社の営業活動も、原告に対する不法行為を構成すると主張して、

本件各装置の製造販売の差止め及び損害賠償を求めるものである。

三  争点

1 (主位的請求関係)

(一) 被告らの行為は不正競争防止法二条一項四号所定の不正競争に当たるか。

(二) 被告らの行為は不正競争防止法二条一項一一号所定の不正競争に当たるか。

2 (予備的請求関係)

(一) 被告小西らは、原告との間で秘密保持及び競業避止の契約上の義務を負い、そしてかかる義務に違反したものであるか。

(二) 被告らの本件各装置の営業活動について不法行為が成立するか。

3 被告らが原告に対して損害賠償義務を負う場合に支払うべき金銭の額。

第三  争点に関する当事者の主張

一  争点1(一)(被告らの行為は不正競争防止法二条一項四号所定の不正競争に当たるか)について

【原告の主張】

1(一)  原告は、昭和五五年以降、水処理装置として多数の商品を開発し、改良を重ねてきたものであり、本件各装置もその一つである。

本件装置一は、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。原告は、本件装置一について、平成元年四月、「無動力水深調整流入落とし込み方式スカム除去装置」として日本下水道事業団の民間開発技術審査証明(以下、単に「審査証明」という)を得ている。

本件装置二は、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。本件装置二は、平成八年五月、「垂直噴流式スカム原因物質分離・濃縮・除去装置」として日本下水道事業団の審査証明を得ている。

本件装置三は、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。本件装置三は、平成七年四月、「モノレール式最初沈殿池泥かき寄せ機」として日本下水道事業団の審査証明を得ている。

(二)  本件各装置はいずれも、原告の独自の発想、技術、ノウハウに基づく画期的な商品であって、広範な取引先を獲得してきたものであり、原告は、従業員に対して、原告の許可なく本件技術・営業情報(本件各装置に関する設計・製作の技術的ノウハウ、顧客リスト等の営業上の情報)を開示、漏洩、使用することを禁止し、従業員が図面を閲覧し、持ち出し又は使用する際には、閲覧者・使用者の氏名、日時等を記帳するように義務づけ、また、従業員雇傭の際には必ず秘密遵守の趣旨を十分説明し、各従業員と個別に契約して、原告を退職した後も本件技術・営業情報を開示、漏洩、使用しないことを合意し、その秘密保持を図っている。

本件各装置に関する原告の技術、ノウハウの独自性、及びその高機能、効果は、前記のとおり日本下水道事業団の審査証明を得たことから明らかである。

したがって、本件各装置に関する本件技術・営業情報は、不正競争防止法二条四項にいう「営業秘密」に当たる。

(三)  なお、日本下水道事業団の審査証明を得ると「民間開発技術審査証明報告書」(以下、単に「審査証明報告書」という)が刊行されるが、審査証明報告書には装置の概要、概念図、実施効果等に関する資料が記載されるものの、装置の製作等に必要な情報を開示するものではなく、本件各装置の実際の製作のためには甲第六、第八、第九号証のような詳細な設計図や構造図が必要であるから、審査証明報告書の刊行によって本件技術・営業情報の秘密性が失われることはない。

また、原告は、営業活動に当たり本件各装置に関する設計図、製作図、実験データを顧客に提示する際も相手方、範囲を限定し、商品の納品後は提示した図面等を回収していたので、設計図等に記載されている本件各装置に関する技術情報が公然と知られるようになっていたわけではないことは明らかである。

2  しかるに、被告小西らは、原告を退職する前後に、原告に無断で次のとおり本件各装置に関する設計図、製作図、実験データその他の関連資料を持ち出し、使用するなどして、本件各装置と同一又は類似の水処理装置を設計・製作し、原告在職中に知りえた原告の顧客等に販売している。

(一)  被告会社の参考図は、原告の〇〇〇上流浄化センターの本件装置一の矩形池用装置に関するファイル中の図面の名称、記号を一部抹消、変更したものである。

同じく参考図、パンフレットは、原告の〇〇浄化センターの本件装置一の円形池用装置に関するファイル中の図面を使用して作成したものである。

(二)  被告会社のパンフレットの写真、文面は、原告のパンフレットの写真等を使用したものである。

(三)  被告会社のパンフレットは、原告が保管するファイル中の図面を一部変更したものである。

(四)  被告会社のパンフレット中の実験数値等は、原告が長年にわたり多大のコストをかけて、自治体等と協力しながら実験を繰り返し、蓄積した本件装置二の実験データの数字を盗用するものである。被告会社が本件装置二の実験などを実施した事実はない。

(五)  被告会社の詳細図は、原告が保管する〇〇浄化センターの装置に関するファイル中の図面の一部の数字等を改変したものである。

(六)  被告会社のパンフレット中の写真は、原告が製作した本件各装置の写真を使用したものである。

3  被告らは、現在も本件技術・営業情報を使用してその営業活動を積極的に展開している。

例えば、被告小西は、原告在職中、その営業担当先であった〇〇株式会社と商談中であったが、被告小西らの原告退職後、被告会社が同社と受注契約を締結し、原告と同社との商談は破棄された。

《証拠略》は、被告らが複数の原告の取引先に装置を売り込むために持ち込んだものであるが、原告の装置と同一の装置であるため、その取引先が原告に対して、被告会社は原告の関連会社であるかどうか等、原告との関係について照会してきたものである。なお、被告会社は、パンフレットに「日本下水道事業団標準仕様適合品」との表示をしているが、右のような表示に対応する認定制度等は存在せず、第三者をして、被告会社の装置が日本下水道事業団の何らかの認定あるいは審査証明を受けているかのように誤認させるものである。

【被告らの主張】

1(一)  本件各装置は、従来からある技術であり、原告が開発したものでも、原告独自のものでもない。

(二)  本件各装置は、原告の配布するパンフレット及び一般に配布された日本下水道事業団において入手できる審査証明報告書に掲載され、実際に原告が自治体の注文により据え付けた装置そのものを見分することができるから、水処理業界において秘密性がなくなっている。原告の甲第一四号証の1・2、第一七号証の1~3等の図面も、厳重保管されてはいなかったのであって、原告主張のように持ち出しに際し閲覧者・使用者の氏名、日時等を記帳するようになっていたわけではなく、得意先が図面の提出を求めたり、クレームが発生した場合に図面を示して説明する必要があるため、原告の従業員が自由に取り出し、所持していたものであり、役所、処理場、設計事務所、プラントメーカー等に多数配布していたものである。

被告小西ら作成名義の「秘密保持に関する誓約書」は、入社時に署名押印するよう求められ、被告小西らがその内容をよく確認しないままこれに応じたものである。

2(一)  被告らが参考図を使用したことはあるが、これは、前記のとおり原告が役所、処理場、設計事務所、プラントメーカー等に多数配布していた図面を被告小西らが営業用に所持していたのを、甲第八号証の装置の説明のために比較用として利用したものである。また、参考図右下のスカムスキマーの図は、審査証明報告書の図と基本的に同じである。

参考図は、取引先に対する説明用に作成した電動式スカムスキマーの組立図であり、同図面中のバルブコントローラーは市販品であり、トラフの部分が受注製作の対象となるものであるが、このトラフの部分は原告のものと相違する。パンフレットも、被告会社が独自に作成したものである。

(二)  被告会社のパンフレットの写真は、原告の写真を白黒コピーして(検甲一ないし四のようなカラーではない)利用したものであることは認める。原告の写真は、取引先等に配布されており、また、被告小西が原告在職中に営業用に使用していたものである。文面は原告のパンフレットとは異なる。

(三)  被告会社のパンフレットの図面は、スカム水の装置に入れる入れ方、散気方法、スカムの掻き寄せ方法において原告のパンフレットの図面とは異なるものであり、独自のものである。

(四)  被告会社のパンフレット中の実験数値等は、原告の実験データとは全く関係がない。これらは、日本下水道協会等の資料に基づいて算出されたデータを示したものである。

(五)  被告会社の装置製作のための図面である(営業用には用いていない)詳細図は、原告の図面とは形状、寸法等が相違する。原告の図面は、被告山下が原告在職中に創作した基本設計をもとに、被告山下が原告を退職した後に原告が作図したものである。被告会社の詳細図は、被告山下が原告退職後独自にその創意工夫により創作したものである。

(六)  被告会社のパンフレット中の写真は、被告会社製作の装置の写真であり、原告とは全く関係がない。原告のパンフレットには、右写真に相当するものは見当たらない。

3  被告らが現在も本件技術・営業情報を使用してその営業活動を積極的に展開しているとの主張は、否認する。

被告会社は、原告主張の〇〇株式会社と受注契約をしたことはない。

被告会社の甲第二六号証の1・2のパンフレットに表示されている浮上式スカム分離機は、原告のパンフレットに表示されている多機能スカム分離・処理装置とは、前記2(三)からも分かるとおり、同一の装置ではない。

甲第二七号証の1・2(被告会社のろ液処理装置のパンフレット)及び第二八号証の1~4(被告会社の設計図)は、被告会社が独自に作成したものである。

甲第二九号証の1・2における「日本下水道事業団標準仕様適合品」との表示は、被告会社が製作、販売する装置は日本下水道事業団の定めている標準仕様を満足するものであることを示すものであり、認定を受けたという意味ではない。

二 争点1(二)(被告らの行為は不正競争防止法二条一項一一号所定の不正競争に当たるか)について

【原告の主張】

1  被告らは、営業活動に当たって、次の<1>及び<2>の虚偽の内容を記載した文書を原告の顧客に配布するとともに、被告小西らが原告を退職したことによって原告の技術部門の能力が低下しているなどと虚偽の事実を述べ、原告を不当に誹謗中傷しているから、不正競争防止法二条一項一一号にいう虚偽事実の告知・流布の不正競争に当たる。

<1>  被告会社の挨拶状の文面は、被告らの営業秘密侵害行為を隠蔽し、原告が被告らの営業活動を承認しているかのような印象を原告の顧客等に与えるものである。

<2>  被告会社の経歴書には、「沿革」欄に「平成七年七月、下水処理機器メーカーより技術部門分離」と記載されており、右記載は、あたかも原告の技術部門が別会社として分社独立したのが被告会社であるかのような記載である。

2  被告らの右のような営業活動の結果、原告の取引先が錯誤に陥り、被告会社が原告の分社ということであったので発注したというケースがある。また、被告らは、同じ装置を原告より安く製作できるとして金額を提示しているケースもある。

【被告らの主張】

1  被告らが原告主張の<1>及び<2>記載の文書を配布したことは認めるが、その余の事実は否認する。

これらの文書に虚偽の事実は記載されていない。<2>の経歴書の「沿革」欄の記載は、被告会社の従業員に下水処理の技術経験者がいることを示したものである。

2  被告らは、取引先に対して独立したことを十分に説明しており、被告会社が原告の分社ということで発注を受けたということはない。また、被告らが見積書を提出したことはあるが、その見積価格が原告の価格より安いか高いかは分からない。

三 争点2(一)(被告小西らは、原告との間で秘密保持及び競業避止の契約上の義務を負い、そしてかかる義務に違反したものであるか)及び同(二)(被告らの本件各装置の営業活動について不法行為が成立するか)について

1  被告小西らは、原告に入社、勤務するに際し、それぞれ「秘密保持に関する誓約書」に署名押印し、原告との間で秘密保持契約を締結した(以下「本件秘密保持契約」という。)。また、被告小西は、これとは別に、契約書も原告に差し入れている。

本件秘密保持契約は、原告に雇用される従業員に対して、原告の業務に従事する際に知りえた原告の技術上又は営業上の情報(製品の開発、製造及び販売に関する技術資料、製造原価等の情報)を、方法のいかんを問わず開示・遺漏・使用しない義務を課し、営業報告書、見積書、顧客リスト、開発時の資料、製作図、フロッピーディスク等の持ち出し等を制限し、原告に不利益になる行為及び情報、書類等を第三者に対して開示しない義務を課し、原告退職後においても同様に情報の開示・漏洩・使用を禁止するものであるから、被告小西らは、原告退職後も、原告の業務に従事することによって知りえた原告の技術上・営業上の情報を第三者に開示・漏洩・使用してはならない義務を負うものである。

そして、原告は、被告小西らが退職した際にも、念のため、本件秘密保持契約上の義務を確認させ、被告小西らから確認証の差入れを受けている。

2  被告小西らは、原告在職当時、それぞれ営業部長又は設計担当社員として、本件各装置の技術上・営業上の重要な情報を取得し、本件各装置に関する設計図、製作図、実験データ等の関連資料、顧客リスト等も業務遂行に必要な範囲で使用していた。但し、原告は、設計図、製作図、実験データ等は特定の顧客に対して原告の営業に必要な範囲でのみ開示し、営業終了後は回収することを指示し、顧客に対しても提供した図面、仕様書等の返還を求めていた。

ところが、被告小西らは、前記のとおり、代表取締役又は取締役となって、本件各装置の製作販売等、原告と同一の営業を目的とする競業関係にある被告会社を設立し、原告を退職するに当たり、原告に無断で本件各装置に関する設計図、製作図、パンフレット、実験データ等を持ち出し、一部数値、寸法等を変更したりして使用し、また、原告を誹謗中傷しあるいは原告の分社と誤認させるような書面を使用して営業活動を行っている。

本件各装置に関する設計図、製作図、実験データ等の関連資料が本件秘密保持契約によって開示・漏洩・使用を禁じられた情報に該当することは明らかであり、これらを開示・漏洩・使用してなす競業が原告に不利益な行為に該当することも明らかである。

3  したがって、被告らの本件各装置及びその類似品に関する営業活動は、被告らの営業の自由の範囲を著しく逸脱する違法なものであり、被告小西らの営業行為は、本件秘密保持契約上の義務に違反するとともに、原告の重要な財産価値ある技術上又は営業上の情報を開示・漏洩・使用により故意に侵害する不法行為を構成し、また、被告小西らによりなされている被告会社の営業も原告に対する不法行為を構成する。

【被告らの主張】

1  被告小西らが原告主張の誓約書、契約書、確認証に署名押印させられたことは認めるが、原告との間で本件秘密保持契約を締結したとの事実は否認する。

誓約書及び契約書は、入社時に署名押印するよう求められ、その内容をよく確認しないまま署名押印したものであり、確認証は、退職時には全員が署名押印していると言われて署名押印したにすぎない。

2  被告小西らが代表取締役又は取締役となって本件各装置の製作販売等、原告と同一の営業を目的とする競業関係にある被告会社を設立したことは認めるが、その余の事実は否認する。

被告小西らが原告在職中に「重要な情報」を取得したということはない。

原告主張の設計図とは組立図、実験データとはパンフレット、顧客リストとは会社概要であり、一般に配布されていたものである。

本件各装置の設計図、製作図、実験データ等について、被告小西らは回収を指示されたことも現実に回収したこともないし、外注先に対する注文書には欄外に「返却願います」と記載されているが、返却されてきたことはない。

例えばスカムボックスは、従来多くあり、形も機能からして同じような形になるものであり、被告会社の図面は、従来技術を参考にして被告会社において設計、製作した独自のものである。

誓約書等で対象とされているのは、秘密情報であるところ、原告指摘の図面等は、多数の者に配布されて公知のものになっているから、秘密情報とはいえない。

3  被告小西らの営業行為は本件秘密保持契約上の義務に違反し、被告らの営業行為が不法行為を構成するとの主張は争う。

前記のとおり誓約書等で対象とされているのは、秘密情報であるところ、被告小西らは、秘密情報を開示等したことはない。

四 争点3(被告らが原告に対して損害賠償義務を負う場合に支払うべき金銭の額)について

【原告の主張】

原告は、前記被告らの行為により、ユーザーからの本件各装置の発注が減少し、損害を被ったが、被告会社はその設立から平成七年一二月三一日までの間に二〇〇〇万円を超える利益を得ているから、同期間中に原告の被った損害は右二〇〇〇万円を超えるものと推定される(不正競争防止法五条一項)。

【被告らの主張】

原告の主張は争う。

第四 争点に対する当裁判所の判断

一  本件の事実の経緯

前記第二の一の争いのない事実関係に《証拠略》を総合すれば、次の事実が認められる。

1  原告は、昭和五五年四月創業の個人企業「フジワラ産業」を同年七月に法人化して設立された株式会社であり、水処理設備装置の設計・製作、販売等を業とするものである。

原告は、設立当初から水処理装置の研究、開発を重ね、現在、本件各装置を下水処理場を持つ全国の自治体向けに製作、販売している。

原告は、実際に下水処理場向けに本件各装置を製作する際は、〇〇〇上流浄化センター水処理機械設備(4/16系終沈)工事フジフロート組立図、電動駆動方式、〇〇浄化センタースカムスキマ全体組立図・〇〇処理場フジフロート全体組立図・セキフロート作動図、〇〇市〇〇浄化センター機械設備工事フジフロート組立図、スカム分離・処理システム多機能組立図、〇〇〇〇〇浄化センタースカムボックス詳細図のような図面を作成している。

2  本件各装置は、本件装置一(別紙目録一)については、平成元年四月に「無動力水深調整流入落とし込み方式スカム除去装置(フジフロート自動スカム除去システム)」として、本件装置二(同目録二)については、平成八年五月に「垂直噴流式スカム原因物質分離・濃縮・除去装置」として、本件装置三(同目録三)については、平成七年四月に「モノレール式最初沈殿池泥かき寄せ機(N・T・Fモノレール式フジコレクター)」として、それぞれ日本下水道事業団から審査証明を得たものである。

そして、日本下水道事業団では、審査証明をしたものについてその内容を記載した審査証明報告書を刊行して、全国の自治体、大学図書館、各研究機関に配布しており、本件各装置についても同様に審査証明報告書を刊行して配布した。

原告は、本件各装置の営業活動に使用するため、本件各装置のパンフレットを作成し、全国の自治体や設計事務所に配布している。

また、本件各装置は、平成元年四月二四日付日本下水道新聞、平成五年六月二三日付環境公害新聞、平成七年一二月六日付産経新聞、「ベース設計資料77土木編」96年前期版、大阪商工会議所発行「チェンバーNo.6」一九九六年AUTUMN号に記事として掲載され、また、原告は、環境新聞社発行「月刊下水道」平成七年一月号、同七月号に広告を掲載している。

3  被告小西は昭和六一年四月、被告山下は昭和六三年頃、被告居村は更にその後、原告に入社し、被告小西は営業を、被告山下及び被告居村は技術を担当した。被告小西は、入社の際、就業規則等を守り、会社の機密を他人に漏らさず、会社の業務を阻害しないことを堅く守る旨の契約書に署名押印して原告に提出した。

その後、原告は、被告小西らを含む従業員全員に「秘密保持に関する誓約書」に署名押印して提出することを求め、被告小西及び被告居村は平成五年一一月二二日付で、被告山下は同年一二月二九日付でそれぞれ同書面に署名押印して原告に提出した。同書面には、「1(秘密保持の誓約)」として、「(イ)貴社の技術上又は営業上の情報(以下「秘密情報」という)について、貴社の許可なく、如何なる方法をもってしても、開示、遺漏もしくは使用しないことを約束いたします。1・製品開発、製造及び販売における企画、技術資料、製造原価、価格決定、特許研究等の情報。2・財務、人事等に関する情報。3・販売先、仕入先、営業拡販等に関する情報。4・関連子会社の情報又は他社との業務提携に関する情報。5・上司より部内秘密情報として指定された情報。6・以上のほか、貴社が特に秘密保持対象として指定した情報。(ロ)営業報告書、見積書、顧客リスト、開発時の関連資料、購入仕様資料並びに計画図、承認図、製作図、CADの磁気テープ・フロッピーディスク等及び貴社に在職中取得あるいは作成した情報、書類等の保管、客先、外注先への必要による持ち出し時及び不必要による廃棄時の取り扱いに注意し、貴社の不利益になる行為、またこれを第三者に開示しないことを約束いたします。」、「3(退職後の秘密保持)」として、「秘密情報については、貴社を退職した後においても、開示、遺漏もしくは使用しないことを約束いたします。」との記載がある。

4  被告小西らは、平成七年七月頃、相次いで原告を退職した。

原告は、被告小西らに対して、退職に当たり「確認証」と題する書面に署名押印して提出することを求め、被告小西は平成七年七月三一日付で、被告山下及び被告居村は同月二六日付でそれぞれ同書面に署名押印して原告に提出した。同書面には、「私事、退職するに当たって、フジワラ産業株式会社関連の書類、図面等の持ち出しは致しておりません。万一持ち出し書類図面等のある場合は、速やかに届け出致します。今後、フジワラ産業株式会社のノウハウ等について貴社に不利益になる行動は、一切致さない事を約束致します。私事の行動によって、フジワラ産業株式会社に被害の生じた場合は弁償致します。」との記載がある。

5  被告小西らは、平成七年八月一五日、上・下・排・水処理設備の装置、機器等の設計・製作・販売、配管設備の設計・施工等を事業目的として被告会社を設立し、被告小西が代表取締役に、被告山下及び被告居村が取締役にそれぞれ就任した。

被告会社は、被告会社代表取締役小西則幸名義の挨拶状及び被告会社の経歴書並びにパンフレット及び水処理装置の図面を作成し、これらを下水処理場を持つ全国の自治体や設計事務所に配布しながら、営業活動を始めた。被告会社は、本件装置一と同様の働きはするものの構造の異なる装置(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)を製作、販売したことがあり、本件各装置も製作、販売しようとしているが、未だ現実に製作、販売した実績はない。

右挨拶状には、「……私事、平成七年七月末日をもってフジワラ産業(株)を円満退職しました。フジワラ産業(株)在職中は皆様方のご指導を賜りありがとうございました。皆様方の御指導を賜りまして、エヌ・テック(株)を設立することになりました。若輩ではございますが、エヌ・テック(株)が下水道事業発展のために、少しでもご協力が出来るよう勉強する所存でございます。……」と記載され、経歴書には、「8・沿革 平成七年七月 下水処理機器メーカーより技術部門分離 八月 エヌ・テック株式会社設立」と記載されている。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。右認定事実を前提に、以下、争点について順次判断する。

二  争点1(一)(被告らの行為は不正競争防止法二条一項四号所定の不正競争に当たるか)について

1  原告は、本件各装置はいずれも、原告独自の発想、技術、ノウハウに基づく画期的な商品であって、広範な取引先を獲得してきたものであり、原告は従業員に対して、原告の許可なく本件技術・営業情報を開示、漏洩、使用することを禁止し、従業員が図面を閲覧し、持ち出し、又は使用する際には、閲覧者・使用者の氏名、日時等を記帳するように義務づけ、また、従業員雇用の際には必ず、秘密遵守の趣旨を十分説明し、各従業員と個別に契約して、原告を退職した後も本件技術・営業情報を開示、漏洩、使用しないことを合意し、その秘密保持を図っており、本件各装置に関する原告の技術、ノウハウの独自性、及びその高機能、効果は、日本下水道事業団から審査証明を得たことから明らかである旨主張する。

2  しかし、不正競争防止法二条一項四号所定の不正競争の前提となる「営業秘密」は、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいうところ(同条四項)、右の「営業秘密」の内容として、原告は、本件技術・営業情報、すなわち「本件各装置に関する設計・製作の技術的ノウハウ、顧客リスト等の営業上の情報」と主張するだけで、その「技術的ノウハウ、顧客リスト等」の内容について何ら特定しないから、当然のことながらそれが果たして右規定にいう「営業秘密」に該当するか否か判断することもできず、したがって、主張自体失当というべきである。

3  あるいは、原告の主張が、本件各装置の構造自体をもって不正競争防止法二条四項にいう「技術上の情報」たる営業秘密であるとするものであるとしても、原告の主張する本件各装置の構造は、別紙目録のとおりであり、本件装置一(自動スカム除去装置)は、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・であり、本件装置二(多機能スカム分離処理装置)は、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・であり、本件装置三(モノレール式汚泥掻寄機)は、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・であるというものであるところ、原告が本件各装置の営業活動に使用するため作成、配布している本件各装置のパンフレットには、概要図及び文章により、本件装置一(自動スカム除去装置)が、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・であり、本件装置二(多機能スカム分離処理装置)が、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・であり、本件装置三(モノレール式汚泥掻寄機)が、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・であることが記載されていることが認められ、また、《証拠略》によれば、日本下水道事業団が刊行した審査証明報告書にも、本件各装置の構造が右のようなものであることが記載されていることが認められ、そして、前認定のとおり、右パンフレットは、原告が営業活動のために全国の自治体や設計事務所に配布しているものであり、審査証明報告書は、全国の自治体、大学図書館、各研究機関に配布されたものであるから、原告が別紙目録の記載によって特定する本件各装置の構造は、右パンフレット及び審査証明報告書の配布によって公然と知られるに至ったというべきである。

原告は、審査証明報告書には装置の概要、概念図、実施効果等に関する資料が記載されるものの、装置の製作等に必要な情報を開示するものではなく、本件各装置の実際の製作のためには詳細な設計図や構造図が必要であるから、審査証明報告書の刊行によって本件技術・営業情報の秘密性が失われることはない旨主張するが、本件各装置の実際の製作のためには詳細な設計図や構造図が必要であるとしても、原告が別紙目録の記載によって特定する本件各装置の構造自体は、右パンフレット及び審査証明報告書に記載されているところであるから、公然と知られるに至ったというほかはない。のみならず、前示のとおりそもそも本件技術・営業情報の内容自体が不明であるだけでなく、原告代表者は、審査証明報告書には本件各装置の寸法等が記載されていないために審査証明報告書の記載だけでは本件各装置を製作することはできないかのように供述するが、審査証明報告書には本件各装置の各部分の寸法は記載されており、原告代表者の供述及び弁論の全趣旨によれば、各自治体によって設置される下水処理場の沈殿池の形(矩形又は円形)、大きさ、深さは異なるため、本件各装置は、基本設計に依拠するか実際に池を測量するかして、設置する池に合わせてその都度設計、製作されるものであることが認められるから、当業者であれば、審査証明報告書及びパンフレットの記載を見れば、要する時間の長短は別として本件各装置を製作することはできるものと推認することができる。

4  また、原告は、従業員が図面を閲覧し、持ち出し、又は使用する際には、閲覧者・使用者の氏名、日時等を記帳するよう義務づけているとか、営業活動に当たり本件各装置に関する設計図、製作図、実験データを顧客に提示する際も相手方、範囲を限定し、商品の納品後は提示した図面等を回収していたので、設計図等に記載されている本件各装置に関する技術情報が公然と知られるようになっていたわけではないと主張するので、あるいは右のような設計図、製作図、実験データに記載されている情報そのものをもって不正競争防止法二条四項にいう「営業秘密」に該当する旨主張するものであるとも解されないではない。

しかし、営業活動に当たり顧客に提示していたという本件各装置に関する設計図、製作図とは、前記一1認定の〇〇〇上流浄化センター水処理機械設備(4/16系終沈)工事フジフロート組立図等のように既に原告が自治体に対して製作、販売した本件各装置を製作する際に作成した図面であると解されるところ(「実験データ」については、何を指すのか特定するところがない)、少なくとも被告小西らが原告に在職していた当時においては、原告が、従業員に対して、これらの図面を閲覧し、持ち出し又は使用する際には、閲覧者・使用者の氏名、日時等を記帳するよう義務づけていたとの原告主張の事実は、原告代表者の供述その他本件全証拠によるも認められない。また、《証拠略》によれば、原告は、これらの図面を施錠可能なロッカー内に保管し、ロッカーのガラス戸の前面に「持ち出し禁止」との貼紙をしており、原告の注文書用紙には、欄外に「注文条件」として「貸与している図面、仕様書等について第三者へ情報提供等は禁止いたしますと共に納入時にご返却願います。」と印刷されていることが認められるが、本件全証拠によるも、現実に原告が注文に際して貸与した図面等について第三者への提供を禁止する契約を締結したり、納入時に図面等の返却を受けていたとの事実は認められず、被告小西の供述によれば、現実にロッカーが施錠されていたわけではなく、右図面等を持ち出したままにはしないで必ず元の位置に戻すよう指示されてはいたものの、設計、営業、資材という担当のいかんを問わず、原告の従業員であれば誰でも取り出し、コピーをとることができ、特に禁止されていたわけではなく、そのコピーを第三者に交付しないよう指示されていたわけでもないこと、被告小西も、このようにして〇〇〇上流浄化センター水処理機械設備(4/16系終沈)工事フジフロート組立図をA3版に縮小コピーしたもの及び本件装置二のカラー写真を営業用に使用しており、自治体や設計事務所に対して営業活動をする際、原告が既に他の自治体に製作、販売した本件各装置が支障なく運転されている実績を示すために、これらの図面等を自治体に交付し、契約締結に至らなくとも回収することなくそのままになっていることが認められる。

したがって、これらの原告の図面や写真は、秘密として管理されていたとは認められないから、前記「営業秘密」に該当するということはできない。

そうすると、被告会社の参考図は前記〇〇〇上流浄化センター水処理機械設備(4/16系終沈)工事フジフロート組立図をA3版に縮小コピーしたものを原告の会社名を被告会社名にするなど一部の記載を訂正しただけでそのまま使用したものであり、被告会社のパンフレットに掲載されている本件装置二の写真四枚は、前記原告の本件装置二の写真を白黒コピーして使用したものであることが認められ(被告らも争わないところである)、この行為自体は問題なしとしないが(原告は、その外にも、右パンフレットの文面は原告のパンフレットの文面を使用したものであり、被告会社の参考図、パンフレット、詳細図は原告の図面を一部変更するなどして使用したものであり、被告会社のパンフレット中の実験数値等は原告が蓄積した本件装置二の実験データの数字を盗用したものであり、被告会社のパンフレット中の写真は原告が製作した本件各装置の写真を使用したものである旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない)、これらの原告の図面や写真が「営業秘密」に該当するとは認められない以上、被告らの行為は不正競争防止法二条一項四号所定の不正競争には該当しないということになる。

5  なお、原告は、被告小西は原告在職中、その営業担当先であった〇〇株式会社と商談中であったが、被告小西らの原告退職後、被告会社が同社と受注契約を締結し、原告と同社との商談は破棄されたと主張するが、被告会社が〇〇株式会社と受注契約を締結したとの事実は、原告代表者の供述その他本件全証拠によるも認められない。また、被告会社がパンフレットに「日本下水道事業団標準仕様適合品」との表示をしていることにつき、原告は、右のような表示に対応する認定制度等は存在せず、第三者をして、被告会社の装置が日本下水道事業団の何らかの認定あるいは審査証明を受けているかのように誤認させるものであると主張するが、右の表示は、日本下水道事業団の何らかの認定あるいは審査証明を受けているかのように誤認させるとまでいうことはできない。

6  以上のとおりであるから、被告らの行為が不正競争防止法二条一項四号所定の不正競争に該当することを前提とする差止め・損害賠償の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないといわなければならない。

三  争点1(二)(被告らの行為は不正競争防止法二条一項一一号所定の不正競争に当たるか)について

1  原告は、被告らは、営業活動に当たって、虚偽の内容を記載した挨拶状及び経歴書を原告の顧客に配布するとともに、被告小西らが原告を退職したことによって原告の技術部門の能力が低下しているなどと虚偽の事実を述べ、原告を不当に誹謗中傷しているから、不正競争防止法二条一項一一号にいう虚偽事実の告知・流布の不正競争に当たる旨主張する。

2  まず、被告会社代表取締役小西幸則名義の挨拶状には、前記一5認定のとおり、「……私事、平成七年七月末日をもってフジワラ産業(株)を円満退職しました。フジワラ産業(株)在職中は皆様方のご指導を賜りありがとうございました。皆様方の御指導を賜りまして、エヌ・テック(株)を設立することになりました。若輩ではございますが、エヌ・テック(株)が下水道事業発展のために、少しでもご協力が出来るように勉強する所存でございます。……」と記載されているところ、原告は、右文面は、被告らの営業秘密侵害行為を隠蔽し、原告が被告らの営業活動を承認しているかのような印象を原告の顧客等に与えるものである旨主張するが、被告小西の供述によれば、被告小西は、原告の課した営業ノルマを達成できなかったことをきっかけに原告を退職したものの、原告によって懲戒解雇されたわけでも、原告代表者と特に衝突したわけでもないことが認められるから、右文面は、会社を退職して自ら事業を始める者の挨拶状の内容として社会通念上許容された程度のものというべきであり、格別、被告らの営業秘密侵害行為を隠蔽し、原告が被告らの営業活動を承認しているかのような印象を原告の顧客等に与えるということはできない。

被告会社の経歴書には、前記のとおり、「8.沿革 平成七年七月 下水処理機器メーカーより技術部門分離 八月 エヌ・テック株式会社設立」と記載されているところ、原告は、右記載はあたかも原告の技術部門が別会社として分社独立したのが被告会社であるかのような記載である旨主張する。確かに、右の記載は、被告会社は「下水処理機器メーカー」の技術部門が分離独立した会社であるという印象を与えるものであり、実際は被告会社はそのような会社ではなく、原告を退職した被告小西らが原告とは関係なく設立した会社であるから、不適切、不相当な記載であるといわざるをえないが、右「下水処理機器メーカー」が原告を指すものであるとは一概にいえないし、右のような記載によって原告を不当に誹謗中傷しているとか、原告の営業上の信用を害しているとまでいうことはできない。

また、被告らが、被告小西らが原告を退職したことによって原告の技術部門の能力が低下しているなどと述べているとの原告主張事実については、《証拠略》中にはこれに沿うかのような部分もあるが、的確な裏付けがなく、採用することができず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

更に、原告は、被告らの営業活動の結果、原告の取引先が錯誤に陥り、被告会社が原告の分社ということであったので発注したというケースがある旨主張するが、かかるケースのあったことを認めるに足りる証拠はない。

3  したがって、被告らの行為が不正競争防止法二条一項一一号所定の不正競争に該当することを前提とする差止め・損害賠償の請求も、その余の点について判断するまでもなく、理由がないというべきである。

四  争点2(一)(被告小西らは、原告との間で秘密保持及び競業避止の契約上の義務を負い、そしてかかる義務に違反したものであるか)、及び同(二)(被告らの本件各装置の営業活動について不法行為が成立するか)について

1  原告は、被告らの本件各装置及びその類似品に関する営業活動は、被告らの営業の自由の範囲を著しく逸脱する違法なものであり、被告小西らの営業行為は、本件秘密保持契約上の義務に違反するとともに、原告の重要な財産価値ある技術上又は営業上の情報を開示・漏洩・使用により故意に侵害する不法行為を構成し、また、被告小西らによりなされている被告会社の営業も原告に対する不法行為を構成すると主張する。

2  しかして、前記一の3及び4認定の事実によれば、被告小西は、昭和六一年四月原告に入社する際、就業規則等を守り、会社の機密を他人に漏らさず、会社の業務を阻害しないことを堅く守る旨の契約書に署名押印して原告に提出し、その後、被告小西及び被告居村は平成五年一一月二二日付で、被告山下は同年一二月二九日付でそれぞれ、「1(秘密保持の誓約)」として、「(イ)貴社の技術上又は営業上の情報(以下「秘密情報」という)について、貴社の許可なく、如何なる方法をもってしても、開示、遺漏もしくは使用しないことを約束いたします。1・製品開発、製造及び販売における企画、技術資料、製造原価、価格決定、特許研究等の情報。2・財務、人事等に関する情報。3・販売先、仕入先、営業拡販等に関する情報。4・関連子会社の情報又は他社との業務提携に関する情報。5・上司より部内秘密情報として指定された情報。6・以上のほか、貴社が特に秘密保持対象として指定した情報。(ロ)営業報告書、見積書、顧客リスト、開発時の関連資料、購入仕様資料並びに計画図、承認図、製作図、CADの磁気テープ・フロッピーディスク等及び貴社に在職中取得あるいは作成した情報、書類等の保管、客先、外注先への必要による持ち出し時及び不必要による廃棄時の取り扱いに注意し、貴社の不利益になる行為、またこれを第三者に開示しないことを約束いたします。」、「3(退職時の秘密保持)」として、「秘密情報については、貴社を退職した後においても、開示、遺漏もしくは使用しないことを約束いたします。」との記載がある「秘密保持に関する誓約書」に署名押印して原告に提出し、平成七年七月頃の原告退職の際も、被告小西は平成七年七月三一日付で、被告山下及び被告居村は同月二六日付で、「私事、退職するに当たって、フジワラ産業株式会社関連の書類、図面等の持ち出しは致しておりません。万一持ち出し書類図面等のある場合は、速やかに届け出致します。今後、フジワラ産業株式会社のノウハウ等について貴社に不利益になる行動は、一切致さない事を約束致します。私事の行動によって、フジワラ産業株式会社に被害の生じた場合は弁償致します。」との記載がある「確認証」に署名押印して原告に提出した、というのであるから、格別の事由も認められない本件においては、原告と被告小西らとの間で各書面どおりの内容の合意、すなわち原告主張の本件秘密保持契約が成立したものといわざるをえない。被告らは、被告小西らはその内容をよく確認しないまま署名押印したなどと主張して本件秘密保持契約締結の事実を否認し、被告小西はこれに沿うかのような供述をするが、採用することができない。

3  そうすると、被告小西らは、本件秘密保持契約に基づく義務を負うことになるが、本件秘密保持契約によって被告小西らが原告退職後も第三者に開示・漏洩・使用してはならない義務を負うのは、各書面の記載によれば、およそ原告の業務に従事する際に知りえたすべての情報というわけではなく、その中で秘密として管理されている情報に限定されると解すべきであるところ、前記二において認定説示したところによれば、原告において秘密として管理されている情報を被告小西らが原告退職後に使用したとの事実は認められないから、被告小西らが本件秘密保持契約上の義務に違反したということはできない。

また、原告の重要な財産価値ある技術上又は営業上の情報を開示・漏洩・使用により故意に侵害したとの不法行為の主張についても、現に原告において秘密として管理されている情報でなければ法によって保護すべき情報とはいえず、右のとおり現に原告において秘密として管理されている情報を被告小西らが原告退職後に使用したとの事実は認められないのであるから、被告小西らの行為が不法行為を構成するとまでいうことはできない。被告小西らについて不法行為が成立しない以上、被告会社についても不法行為が成立しないことは明らかである。

なお、原告は、被告小西らは競業避止義務をも負う旨主張するかのようであるが、被告小西らが、原告において秘密として管理されている情報を使用することを前提としない純粋の競業避止義務を負うと認めるに足りる証拠はない。

4  したがって、本件秘密保持契約違反及び不正行為に基づく原告の予備的請求も、その余の点について判断するまでもなく、理由がないというべきである。

第五 結論

よって、原告の被告らに対する主位的請求及び予備的請求をいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する(平成一〇年二月一〇日口頭弁論終結)。

(裁判長裁判官 水野 武 裁判官 小出啓子)

裁判官 田中俊次は転補のため署名押印することができない。

(裁判長裁判官 水野 武)

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